夏の小谷野づくし

モダン・ホラーともいうべき山田太一の『異人たちとの夏』（新潮文庫）は、『牡丹灯籠』を現代化したものだが、これら全て、あるいは四代目鶴屋南北の『東海道四谷怪談』でも、恋あるいはそうしたものに敗れて死に、怨霊となるのは「女」である。これが東洋的な怪談と色恋の結びつきであって、男が失恋して死んでも怨霊にはならないのである。つまり、男の失恋と怪談とは、ほぼ結びつかない。男が怨霊になるのは、政治的な理由で殺されたりした時だけなのである。これは古今東西の文学のいずれにも見られる普遍的な現象である。
小谷野敦「第四章　現代の私小説批判」『私小説のすすめ』平凡社新書

戦う売文生活者小谷野敦のことし何冊目かの新書は、中村光夫は社交家の色男であり、「片思いする男」を理解できなかったために、『蒲団』を否定し、創作でも読み継がれる仕事を残せなかったとする、「大岡昇平幻想」（『リアリズムの擁護 近現代文学論集』所収）のような偶像ひっくり返しものの三章、あと文学史に無知な大塚英志の＜裏づけのない記述＞を批判し、＜私の勝手な推測では、大塚はその外貌にもかかわらず、「色男」なのではあるまいか。＞と余人がたどりつけなかった仮説に到達する四章が面白かった。

小谷野氏原作の映画『童貞放浪記』も昨日見てきた。渋谷のヒューマントラストなんとかという劇場、最終回、公開二日目で7人か。でもしみじみ良かった。童貞の真綿で首絞められるような苦しさ、何をしても格好悪くなるあの感じ！　しかも主人公は30歳。その苦しみは想像を絶する。必死の電話などで運よく近しくなった、童貞を奪ってくれそうな後輩の女の子（神楽坂恵）は、好きな男を追って、ちかぢか留学してしまう。なのに男は仕損じる。挙句渡米直前に強引に誘って嫌われる。床一面に散乱した本や原稿に囲まれ、廃人のような表情で呻く男の姿。

大学ものということで、登場人物の部屋や、研究室などで、本棚が画面に映りこむのだが、書籍を貸与したのが国書刊行会ということで、国文学っぽくない書き手によるSFや文学全集が並んでいて、ちょっとだけ不自然で、面白かった。本棚がたくさんある部屋でのベッドシーンは、良いものですね。

写真週刊誌ではそれらのカットが先行して掲載されていたが、童貞喪失未遂となるベッドシーンはいちいち長く、これほどベッドシーンが長い映画も珍しいのではないか。神楽坂のおっぱいは、天然ものの良さ、大切さをやはりきちんと認識し、世間に啓発していかないといけないと思わされる重量感、そして表情ゆたか、自在な動きで、名バイプレイヤーの役割をこなしていた（適当）。

ryuto taonと抱擁家族の近況と歌詞

次回のスーフリナイトにはひっそりと、スピリチュアルダンスロックバンドryuto taonと抱擁家族も出演するのだが、相変わらずこの、冗談なのかガチなのか、前者からゆるやかに後者に移行してしまい、後戻りが利かなくなったのか、リアクションに窮する表現を深掘りするバンドは、練習をつづけている。
6月二度目のクラブミッションズのライブでは、転換中にラップトップのHDDがクラッシュして、ライブ直前に出演を取りやめるという事故があった。それからバンドは険悪な関係になり、ryuto taonは草だの虫だの食べながら、八王子に住むというハードディスク修復仙人みたいなところに通い、でもデータは戻らず、描いた曲もいくつか散逸し、一方かちゃくちゃはフットサルをしたりゴルフをしたり甲子園に行ったり酔っ払って携帯をなくしたりして、それぞれ険しい剣呑な道を歩いきた。そんなrtと抱擁家族が、2ヵ月半ぶりに帰ってくる。浅草の街で大きな音を出す。今日は7月の練習から「mcd4」の歌詞をお届けする。

rtと抱擁家族の表現の特徴は、毎回トラックに載せる言葉が大きく変わる、特定の歌詞を持たない、というところにある。トラックはリアルタイムに効果をかけられたり、ループしたり、短くなったりする。
それに合わせてMCは、その場で頭に浮かんだ詞を載せる。大河に笹船ながすように、波間をサーフィンするように、即興でことばをぶつけていく。

といっても毎回毎回ゼロから何か一連の意味のあることばを喋るのはなかなか難しい。それに、練習ごとに、次第に固着した、なかなか気に入ったイメージが曲ごとにできてくる。だから今度はそこを土台にして、少しずつ、手を加えるように唄うようになってくる。
大きな筋やテーマは変えないで、枝葉を調整していくように唄う。偉そうにいうと、郵便屋シュヴァルが建てたお城とか、盆栽とか、完成しない粘土細工とか、そういうイメージである。

そうした行程を持つゆえに、rtと抱擁家族の楽曲には完成段階がない。つねに同じ曲を、飽きず繰り返して録音しつづけている。よくなる時もあるし、悪くなる場合もある。
今回の「mcd4」はマイスペースにアップロードするmcdとして4番目のものである。5月にかちゃくちゃはryuto taonの陋屋を訪ね、彼が猛烈な勢いで傾倒しはじめている、昆虫食や雑草食生活を取材した。

http://d.hatena.ne.jp/breaststroking/20090504

その際rtの心には、「かちゃくちゃも世俗的な世界にまつわる物欲、色欲といったものから疲れ、離れたいと考えているのだろう、それは感心なことですね」といった気持ちがあったろう。雑草もおいしいやつをより分けて、提供してくれただろう。
しかしかちゃくちゃにそんな気持ちはなかった…！　彼は都内私鉄沿線の築40年にならんとする日本家屋を拠点とし、虫をつかまえ、草を茹でる孤高の奇人に取材し、その生活を表現の素材に昇華させる、そのことしか考えていなかった！　すべては創作の材料であり、共感や学習の姿勢はそこにはなかった…！
青い雑草を奥歯と奥歯の間に引っ掛けながら、陋屋から帰ってきたかちゃくちゃは、「mcd」を、トリックスター的でアナーキーな草食生活者のイメージに塗り変えた。その成果が「mcd4」である。序盤は手探りに、思想的結論から草食生活を選び取った男の暮らし向きを描出していくが、曲の盛り上がりに影響されて、また、山手線という具体的なイメージにぶつかって、詞はにわかに具体性を得て、隘路から抜け出していく道筋を見つける。そこから男はトリックスター的な表情を持つようになる。視点がその間に男から逃げ出して、周辺の世間に移っていくのは、ヴァージニア・ウルフの意識の流れみたいなもんだと思ってください。

http://www.myspace.com/hoyokazoku

＊　＊　＊

むしって茹でて咀嚼嚥下　むしって茹でて咀嚼嚥下
あいつらとっても資本主義的な生き方をしているから付き合いきれない
おれが出会った新しい島　おれは泳いで逃げ帰った
資本主義的な世の中から泳いで泳いで逃げ切った　くらげにいっぱい刺されながら
新しい人生を自分の力で勝ち・取っ・た！
おれの見つけたオルタナティブライフ　おれが見つけた新しいデイリーライフ
むしって茹でて咀嚼嚥下
下から伸びて　ぼうぼう伸びて生い茂ってく　青々とした草を
今日も　前掲姿勢で　腰に負担をかけながら
むしって　むしって　むしったものを集めて家で
築50年の日本家屋で　持ち帰って　咀嚼嚥下
お湯にサッと通したものを　醤油をかけたりかけなかったり
むしって茹でて咀嚼嚥下
青々とした雑草の力を与えられたおれが！
今日もマイクに向かって　むしって茹でて咀嚼嚥下の生活を繰り返す
あいつらとっても資本主義
おれの人生咀嚼嚥下　むしって茹でて　むしって茹でての真善美
おれは新しい価値観　捉えられた
そう　その瞬間　時が止まった

道端に落ちている草を今日も　サーチングしている男がいる
私鉄沿線ぞいの駅でおれらの家までつづいていくだらだらした
特徴のない街のなかで15分の道の中で
むしって茹でて　背中のかごに　むしった雑草をつぎつぎ投入していく男
背中にしょったかごの重み　静かな静かな生活の匂い
青臭い青臭い青い匂い
むしって茹でて咀嚼嚥下
背中のかごにつぎつぎ　放り投げていく

山手線で今日ヘンな男を見たぞ！　かごを背負ってる男を見た
かごの中身はびっくりした　青々とした雑草が山のように
山のように溢れかえっていた！

あいつの背中のかごはとっても誇らしげ　あいつの顔は誇らしげ
土がいっぱいついて青い汁を吸ったズボンが　今日もまぶしく輝く男が
山手線から私鉄沿線の駅に降り立ってきたぞ！！

周りの人間がすっかり寝静まった　だけどあいつが駅を降りた瞬間
みちみちを行くマンションの　低い低い背中のマンションの窓がつぎつぎ開いた
「あいつの姿が見える！」「帰ってきたぞ！」「おれたちの街にあいつがまた戻ってきたぞ！」
背中のかごを見れば一目瞭然だ
今日もあいつは都内を回って喰えるクサを探してきた　喰える草をむしってきた
むしって茹でて咀嚼嚥下
自分の栄養のために　資本主義的なやり方に背中を向けて　
歩いて自分だけの行き方を今日も貫き通すために
あいつがこの私鉄沿線の駅に帰ってきたぞ！
みんな家に帰れ！　家に逃げ込め！
あいつが通りを歩いているなら　通りから今すぐ撤収して
自分のマンションの窓をひっそり10センチくらい開けて
あいつの姿をこそっと見るだけにしろ
あいつの吸った息を吸うな　あいつのむしった草が二酸化炭素を吸収してくれるぞ
地球の温暖化を助けてくれるぞ！　そうだぼくたちのために！
資本主義にまみれたぼくたちのために！

あいつがむしった雑草が　あいつが食った雑草が
すべての資本主義的な日本の生き方のディレクションを指導するために　
青々とした力をあいつに与えてくれるだろう
今日もあいつな茹でるだろう
あいつがむしってきた　でっかい背中のかごから払い落とす　でっかい背中のかごから払い落とした
雑草　心ゆくまで　おなかが満足するまで　むしって茹でて咀嚼嚥下を繰り返すだろう
今日もあいつがやってくる

その間、山手線の大きなサークルの内側から雑草という雑草が姿を消した！
その日からみんなは慌てだした　都内から雑草が消えた

「雑草なんて雑草だから　なくなっていいよね」といってた人たちもにわかに慌てだした
都議会議員が暴れだした
民主党と共産党が戦いを始めた
いままで民主党と共産党は友好的な関係を築いていたのに
その日を境に戦いが起きた
おまえらのデイリーライフどっちか選び取れ
資本主義的な生活か　雑草魂にまみれた草食男子の草食生活か
どっちかのオルタナティブライフを自分の信念に基づいて掴みとれ

選挙権を棄権しても　この選挙からは棄権できねえぞ おまえらの明日を占うからな
スーパーでレシートもらって買い集める食材がいいのか
それとも道端にはえてる雑草を掴み取るようようなオルタナティブデイリーライフを選ぶのか
お前らの生きかたが委ねられる
あいつをきっかけに　背中のかごがキーワードになってるぞ　すでに一つの
つねに頭に入れておいてくれ
おまえらが明日から生きていく生活を　掴み取ってくれ
真・善・美
草食生活の草食男子の草食生活から学び取ってくれ
おまえたちの明日を自分の力で掴み取ってください

そう　腰には気をつけてね
東京の土地はコンクリートだから　腰をかがめると腰に悪いから　気をつけてね