ECD、ASPARAGUS、真摯なアティチュード、そして音楽への耽溺

……盛り上がるとモッシュの渦に入ったしダイブもした。誰かがダイブして床に落ちればすぐに周りの誰かが腕をつかんで引っ張りあげる。周りから危険にしか見えないけれど、やってみて初めてわかる、モッシュ・ピットの中の互いの信頼を素晴らしいと思った。(中略)ダイブやモッシュを演奏の妨害だというようなことを言う音楽ライターもいたがそれは全く違う。それどころかモッシュもダイブも客による「演奏」だと僕は考えた。

ECD『いるべき場所』

埼京線で北上して宇都宮HEAVEN'S ROCK VJ-2にてASPARAGUShttp://www.3p3b.co.jp/bands/asp.html)の『MONT BLANC』レコ発ツアーへ。見に行くのは横浜につづいて今ツアー2度目。つってもあしたも熊谷で見るので、泊まって遊んでいくかと思ったがやることが溜まっているからやめた。

行きの車中でECD『いるべき場所』(メディア総合研究所)→amazon了。おれは人がどのような固有名詞に親しんできたか興味を持っている。だからこの東京のパンク、ヒップホップ、ハードコアの歴史書としても読める自伝にはビリビリ刺激を受けた。と同時に、固有名詞を運んでくる文章も抑えられたクールネスをたたえていてグッときた。小説『失点イン・ザ・パーク』(太田出版)は、おれ実はあまりピンとこなかったが、ついに文章家としてのECDの本領を見た気がした。

暗闇のなか眠りこけていたアンダーグラウンド史をECDは当事者として掘り起こし記録していく。
ランDMC来日〜ジャパニーズヒップホップの胎動あたりは、後藤明夫編『Jラップ以前』(TOKYO-FM出版、id:breaststroking:20061113#p1)に記録されているところとダブるが、その前のフリクションS-KEN工藤冬里、和田哲郎(連続射殺魔)、タコ、町田町蔵といった日本のNO WAVE、パンクカルトヒーローの肖像、そして吉祥寺マイナー(1978〜)、高杉弾http://www.nk.rim.or.jp/~imi/jwebb.html)の一連の自販機本(『X-MAGAZINE』『Jam』『HEAVEN』)など、場所や物の体感的記述は、これまであまり活字になってこなかった分野だからばるぼらさんはミニコミ『BET』Vol.0でデザイナーの羽吉多平吉インタビュー、前掲誌全巻レビューを行った http://blog.livedoor.jp/yaneuraug/archives/50788438.html興奮した。
何しろECDは1960年生まれ(福田和也と一緒)。しかもロッキングオン岩谷宏http://blog.goo.ne.jp/keikoiwatanihttp://www.yamdas.org/column/technique/iwatani.html)の言説に傾倒して、普通科の高校を辞めて定時制に入り直し、高校時代から労働に明け暮れる。だから若い時からレコードもバリバリ買うしライブにも積極的に足を運んでいる。おかげで地下文化観察者としてのキャリアは相当長い。

ECDを思うとき、おれにはステージ上の姿よりもまず、フェスやライブの会場の一隅で、窮屈そうに俯きながら物販をやっているぶきっちょな姿が浮かぶ。それは含羞の人といったたたずまいだ。そして『いるべき場所』で描かれるECDもそれに重なる。シャイでチャーミング、そして音楽に対していつも真摯な人物だ。しかしまるでナボコフの小説の登場人物のように運命に翻弄されてワリを食う。アル中〜エイベックス契約打ち切りのころのことは、『失点』と重複するからか、わりと簡潔に書かれているが、そこからStruggle For Prideの今里や、U・G・MAN、レスザンTVなどのハードコア界隈、イルリメ、イリシット・ツボイ、北沢夏音など周辺の人物によって救われ、再生していく場面は実に感動的だ。

そんな酸いも甘いも経験した人物だから、時々不意に飛び出す言葉に、その響きは抑制されたものだけれど、ドキッとする。

ロックで踊る。これも『ロッキング・オン』では何故か語られることのなかったテーマだ。(43P)

(かちゃくちゃ補:吉祥寺)マイナー周辺のミュージシャンの音楽は総じて異様で排他的なものだったが彼らはけっして、カッコつけて深刻ぶってみせているわけではなかった。ただ、その真剣さが度を越していたのだ。(95P)

レンタルビデオ屋やコンビニの店員がマイクを握ること、それこそが僕にとってのヒップホップだった。有名俳優の息子で何をやってもスターの座が約束されているようなサラブレッドに大きな顔されてたまるかという思いがあった。(165P)

最後に、この本を、十年来読み続けてきた個人サイトNOIZ NOIZ NOIZのjunneさんが編み、最高にカッコいいインディマガジン『nu』(http://nununununu.net/)の戸塚泰雄さんが装丁していることを喜ばしく特記しておく。

ライブレポートだか書評だか判らなくなっちゃった。宇都宮はナンバーガールをおっかけっていた時からライブで3〜4度来ているので、もう目をつむってても会場まで行ける。中心の辺りの精一杯にぎやかな感じがけっこう好きな街だ。つってもいつものように、18時ごろに来て、ライブ見て、飯食うこともなく22時20分の電車で帰ったからほとんど街歩きもできなかったけど。

扉開くなりぎゅうぎゅうのすし詰め。久しぶりだこの感じ。飛び道具的なところのないロックバンドのライブをライブハウスで見るのは心が落ち着く。ただ突き飛ばされないように、足腰を常時突っ張っておく必要はある。ちびっこい女の子がいっぱいいた。

盟友the band apartのオープニングを経てASPARAGUS。新譜の曲順どおりに、但し、「Beginning」「Far Away」「Knock Me Out」など適宜旧曲を交えつつ。3ピースが描く鉄壁のアンサンブル、バンド活動への情熱、そして強固な友情。ASPARAGUSは、かつての『少年ジャンプ』とやおいを足して割ったような雰囲気を持ったバンドだ(原と渡邊はおなじ水筒を使っていた。女子はYOチェックしとけ!)。『indiesissue』Vol.35での石井恵梨子によるインタビューでも、今のバンドの充実を支えているのが何か判る。

渡邊 (中略)自分でいいなと思うことをやって、ある程度受け入れてくれる人もいて、その自信は今ありますね。インディーで、マイノリティだけど受け入れてくれる人がいる。そこで満足しちゃってるのもあるかもしれない。そりゃまあ一人でも多くの人に聴いてほしいんだけど、そこで「もっとビッグになって」とか、そういう感覚が全然ない。

渡邊 (中略)前に出て行く人って別のパワーが必要なんですよね。キムカエ(かちゃくちゃ注:楽曲提供、バンドにも参加した木村カエラ)とか見てるとほんと凄いと思う。すごい精神力。あとはどう考えても仕事成分が強くなるじゃないですか。(中略)たぶんアスパラガスはそうじゃなくて、遊び感覚があるからこそ真剣にやれるんですね。

原 (中略)ほんと純粋に面白くやってるというか。3人でいるのも楽しいし、ノブくんの作る曲も僕すごい好きだし。その、バンドとしてミュージシャンとしての刺激もすごくあるあし。なんか、バンドやってる楽しさ。それは初めてなのかな? わかんないけど、すごい新鮮な楽しさを今感じてて。

90年前後から生まれたと思われる(追記:知ったかで書いたが、もうちょい後か?)日本のメロディックパンクシーンは独特なムラ社会になっていて、中にいる顔ぶれもあまり変わらず、ただバンドだけが生まれたり潰れたりを繰り返しているという印象がある。ただ仲間が喜んでくれる音楽を楽しくやるということを、渡邊は長い間つづけてきた。

新譜で突出して好きな「With The Wind」「YES」「NO」「HONESTY」といった曲で顔面引き歪ませ、それ以外の曲ではかなりクールに踊るおれ。演奏中は、袖に原、PA卓に荒井というバンアパの二人が見守り、「圧力を感じる」と渡邊が冗談で言っていた。

その「YES」「NO」は2006年にライブ会場限定のシングルという形でリリースされた曲で、もはやメロディックパンクの範疇に収まりきらない複雑でユニークな構成を持ったロックだが、この異色の曲が出てから、ASPARAGUSの曲調はより多彩になった。そのきっかけにバンアパ原の助言があったと、先のインタビューで渡邊は語っている。

メロディーとコードがもともと先行だったんですよ。でもたまたまね、バンアパの原と「どうやって書くの?」って話してて。バンアパって結構メロディー先行がありそうじゃないですか。でも「いや、リフだね」って言ってて。俺あんまりそういうのがなくて、後からリフつける癖があったんですよ。でもその話をした後に、俺リフからでも作れるのかなぁと思って。それで作ったのが「Yes/No」ですね。それからというもの、リフから作ってみたり、リフとメロディーとコードが同時だったり。作り方は広がりましたね。

「HONESTY」は詞も曲調も甘く、シンプルな演奏で渡邊の裏声も相まって心とろけさす。なのに直後の渡邊のMCで、ドラムの一瀬は今日はドラムもTシャツもオレンジでオレンジデイズだ。そのドラムはオレンジ色でキラキラしておりスケベ椅子に似ている、スケベ椅子を知っていますか、スケベ椅子というのは…と克明にスケベ椅子の描写をやっているのだ。
この天真爛漫さというか無邪気さは罪だ。さすがに渡邊も<中年>と自嘲し失笑していた。2度アンコール。「Precious」「Start Over」「By Me Side」など、聴きたい激甘の旧曲は演奏されなかった。MCで刷り込まれて、ササッと餃子でも食うかと商店街を見回すがすでにほとんど閉店で時間もないので駅まで歩く。途中、酔っ払いの喧嘩(それも、相当派手な)を二件目撃して帰る。もう暮れですね。