Have a nice trip with some books!


そんなにカネにはなっていないけれど、部署として会社から問題視はされていない。あるいは、社のブランドを上げ、日本の文化の一翼を担ってくれていれば、よっぽどの赤字をこかん限り、社としては文句は言わないよ!ってそういう状況にある中小出版社のセクションが出す刊行物は、大書肆から出る本よりも、さらには中途半端なzineよりも、クレイジーアナーキー! いま本当に熱いのは上記のような中小出版だと思います。
ウェッジ文庫(2007〜)はその文脈にある(失礼!)。毎回、ごくごく少ない点数のみの出版、しかも内容は、明治〜昭和前半の文芸関係の稀覯本ばかりという、不況下にあって奇跡のような文庫、それがウェッジ文庫だ。

http://wedge.ismedia.jp/category/paperback/

しかし読者にとって痛いのは、点数が少ないため、棚を割いている本屋がほとんどないのと、刷り部数が少ないから、新刊で見逃すとあとから買いにくいところである。その存在感は、文庫界のはぐれメタルとでも言えよう。また、毎月発行ではないので、いつ出ているのか、いま出ているのか、出ていないのかも判らないという、読書子にとっては、なじみの本屋がレイテかベトナム熱帯雨林のように見える、書店にあってもつねに緊張感いっぱい、この情報社会にあって陸の孤島のように孤独にも気高く屹立する、奇妙な文庫である(編集をされている服部滋さんは、はてなもされているそうです。 id:qfwfq。最近のエントリでは、ことし公刊されたナボコフの遺作"The Original of Laura"についての記述が、タイトルもふくめ、面白かった。 id:qfwfq:20091123)。そのラインナップゆえ、目利きのファンが多く、その一人である坪内祐三さんが『週刊文春』での連載「文庫本を探せ!」で取り上げる頻度は、過去全書肆のなかでナンバーワンなんじゃないだろうか。回数は少ないけれども。

先日も、馬場孤蝶の明治文壇メモワールものが出たというので、特に名は秘すが、都内でも文庫の品揃えに自信を持ち、店名もそんなような名前をつけている新刊書店に行って、「ウェッジ文庫の、明治文壇ものの、新刊なんですけど...」と文庫本マスターみたいなおじさんに言ったら、おじさんはにわかにテンションが上がってきて、「そういうものは出てないなあ、出てればすぐ判るけどな〜」などと言ってきたから、自分は、「たしかに今月か先月出てるはずなんですけど。ウェッジ文庫は置いてますか?」と返した。そうしたら鼻息まで荒くなったおじさんは「毎月出てる文庫は、このカレンダーに全部載ってるんだけど、出てないね、出てない!」と真っ赤になってふごふご言いながら、壁に貼ってある、おそらく取次が出した新刊文庫の出版カレンダーをすごい勢いでめくり出した。質問の答えは聞かれないので、しばらくしてから「ウェッジ文庫自体は置いてるんでしょうか?」と聞くも、カレンダーをめくるばかりで何もない。つまり、どうも、この店は文庫の品揃えに絶対の自信を持つゆえに、新刊の文庫に関して、「知らない、置いてない」というコメントは口が裂けても言えないようなのだ。そのように推察したおれはでも乱暴な接客にこっちも腹が立っていたから、その場で携帯でamazonから馬場の書名を探し出して、それをおじさんに見せた。「ほら、出てますよね今月、ウェッジ文庫で!」。したらさすがにおじさんも進退きわまって、「ウェッジ文庫ね、ビレッジ文庫かと思った...」などといい加減に誤魔化し始めるから、「ウェッジ文庫の明治文壇ものって言ったじゃないですか(ビレッジプレスは文壇ものなど出さない!)」と言い捨てて、こっちも虫の居所が悪くて、本屋を出た(ウェッジ文庫、たぶん取次が特殊なんだろう)。

ことほどさように(ここで微笑と苦笑が半々であらわれる)、ウェッジ文庫の探索は困難をきわめる。今回はそんな悩めるウェッジ文庫ハンターのために、確実に入手できる、とっておきの秘策をお知らせしたい。

それは新幹線に乗ることである。ウェッジ文庫の版元株式会社ウェッジはJR東海の関連会社である(東日本との関連もちょっと調べたが、どうも資本関係はないらしい。オモシロ!)。そのため、圏内の新幹線の駅の売店に行くと、たいてい新刊、既刊が置いてある。キオスクで売ってる文庫本は、企業小説とか、官能小説とか、通俗もののイメージがあるから、シブい文庫が出てるのを見るのは面白い。今月も、くだんの馬場孤蝶『明治文壇の人々』を静岡駅のキオスクで、『野口冨士男随筆集 作家の手』、薄田泣菫『独楽園』といった新刊は、新横浜のキオスクで購入した。後者については、ウェッジ文庫の既刊本で切れていないやつ全てを並べた書棚が、待合いスペースのどまんなかに置かれていて、宝の山みたいになっていた。しかも面白いのが、これを購入するには、棚からすこし離れた弁当屋で会計してもらうということだ。弁当屋のおばちゃんのところで本を買うというのは、なかなか得がたい経験だった(ヘンなブルーの紙袋に包んでくれた)。

なので、「読書子よ、旅をせよ!(西のほうに) 新幹線に乗れ!(ウェッジ文庫をお供に)」というのが本文の要旨です。最後に蛇足だが、新幹線に乗っていると、車内販売の宣伝をする車内アナウンスのなかで「時代の先端を行く雑誌、WEDGEも販売しております」というようなPRが最後にあり、いつもおれは小声で反芻して楽しんでいる...「時代の先端、時代の先端...」。