二夜連続企画・コミュニケーションをめぐる四題・1


●会話、二つの世界の差をつめる


上田明子『話せる英語術』(岩波同時代ライブラリー、1995年)は、おととし読んだ。英文読解の練習にハマっていて頭がクラクラしているときに、箸休めの気持ちで読んだ。そうしたら冒頭の一文から、これは生なかの英会話本ではなくて、もっと本質的な示唆のある本であると気が付いて、背筋が伸びた(以下、引用部分の原点では、読点にカンマが、句点にピリオドが使用されているが当方の判断で置き換えた)。

会話の基盤は、会話に携わっている人同士の関係、話し手から言えば相手との対人関係なのですが、このことが忘れられています。(中略)相手との関係を大切にすること、大切にしながら、話を進めていくとはどういうことなのか、どうしたらいいのか。


もちろん、互いを尊重し合ってスムースにやりとりするための英会話本、としても読めるが、実態は語用論をベースにした会話論というような本で、<協調の原則>というルールが中盤で紹介される。

語用論の会話分析では、会話をする人は「互いに協力関係にある」と考えます。会話をしている人々は一緒に話し合うという協力関係にあるとするのです。これを基本原理として、協調の原則(the Co-operative Principle)と呼んでいます。


協調の原則には、<四つの小原則>がある。

1.質の原則−真実ないし、真実と話し手が信じていることを述べる。
2.量の原則−必要なだけの情報を述べる。それ以上でも以下でもいけない。
3.関連の原則−話題になっていることに関連のあることを述べる。
4.方法の原則−はっきりと、簡潔に、順序よく述べる。


このルールを互いがふまえた状態で、Aがしゃべり、Bがしゃべり、といった往復がつづく。これがノイズの少ない協調的な会話ということなのだろう。もちろんこれはすべての会話シーンで厳守せよ、というものではない。仕事とか教育の場とか、公的なところではきわめて有効だが、オフでまで徹底してふまえるべきものではない。脱線や変化球、無茶ぶりなど、雑談を彩るさまざまな技法、これらはたいがい、話し手は無意識にやっているけれども、友人知人らとの私的な会話においては、楽しみを加えるものだからだ。しかし、低燃費で安定してよく走る会話を図る上では、この四つは欠かせないし、網羅的なものだろう。

また、著者はオーラルコミュニケーションの教育の場面で、じっさいに使われているタスクを紹介する。タスクとは、生徒同士が共同作業でおこなう学習法のことだ。そのなかで、二人の生徒にほとんどおなじ地図を持たせ、スタート地点から目的地まで行くにはどう行けばよいのか、相手に説明させる、というものがある。この方法がユニークなのは、二人の地図のごく一部だけ、内容がちがっているということだ。たとえば途中までスムースに道案内がすすんでも、あるところでAさんの地図では直進できるのに、Bさんの地図では行き止まりとなるような場面がある。そこでは、二人の冷静な情報交換と協調作業がもとめられるようになる。

この学習法の意図について著者はこう説明している。

なぜ違った地図を持たせるのかの説明としては、人それぞれ、頭の中に描いている地図が違う−一般的に言えば、概念の世界は人ごとに違う−からで、道案内の地図に限らず、どんな場合にも、「話」をするとは、話し手と聞き手の概念の世界の差をつめる、調整することで、相違のある地図の例はその具体例なのだといいます。この現実の姿を練習に反映させること、そして、言葉を使ってともに問題解決をはかる練習が大切という主張です。


二つの似通った、でも異なる世界の差をつめていく作業、それが会話なのだというのは、ヴァージニア・ウルフが「意識の流れ」をつかって書いた精神描写も連想させるし、いま読んでいる東浩紀の限界小説『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社)までも浮かんでくる、魅惑的な宣言だ。


●リアル脱出ゲーム


横浜の赤レンガ倉庫そばにはBankART Studio NYKという、元倉庫だった場所を改装した大きな展示スペースがある。そこで京都のフリーペーパー『SCRAP』(http://www.scrapmagazine.com/wps/)が企画制作し、音楽サイト「ototoy」(http://ototoy.jp/music/)が主催する東京リアル脱出ゲーム「廃倉庫からの脱出」が行われており(1月7日〜11日)、それに行ってきた。当初さそっていたギャルにDOTA-CANされたのでid:texas_akiせんぱいと行ってきた。

http://realdgame.jp/v/top/

リアル脱出ゲームというイベントを『SCRAP』がスタートさせ、定期的にやっていることは、『SCRAP』、そして主催のロボピッチャー加藤氏と親交がふかく、運営にも協力しているLimited Express(has gone?)http://limited-ex.com/)のJJさんのブログ(http://limited-ex.jugem.jp/)で知っていた。しかし行くのは初めて。今回は、関東でおこなわれるものとしては5回目(まちがっていたら直します)。

過去には、「廃校フェス」でも使用されている、元小学校の会場をつかった●「廃校の教室からの脱出」(於・西新宿芸能花伝舎、2009年2月、各回25名 http://ototoy.jp/feature/index.php/d_game02)、●「図工室からの脱出」(於・世田谷ものづくり学校、2009年6月、各回22名 http://ototoy.jp/feature/index.php/d_game05)、●「ダンスホールの謎」(於・渋谷ダンスホールKNOT、2009年9月、各回25名 http://www.scrapmagazine.com/wps/archives/2900.html)●「廃校脱出シリーズ3 終わらない学級会」(於・世田谷ものづくり学校、2009年11月、各回30名 http://ototoy.jp/feature/index.php/d_game07)が開催されている(関西では梅田とかでやっていた様子 http://www.hephall.com/?p=1820)。

詳細はイベントの性質上書けないが、今回は毎回60人程度の参加者があつまり、会場に閉じこめられる。そこにちりばめられた様々なヒントやアイテム、ゲームマスターからの追加情報を手がかりに、一緒に閉じこめられた人たちと連携・協調して、制限時間内に脱出をはかる、そんな体験型イベントである。

主旨について http://realdgame.jp/feature/index.php/about
立案者の加藤氏のインタビュー http://ototoy.jp/feature/index.php/20090204


京都のDIYロックフェス「ボロフェスタ」の主催、各種企画性の高いライブや海外ツアーの実施、さらには音楽サイト「ototoy」での刺激的な企画・執筆などに邁進するJJさんがこのイベントに惹かれるのは判る。インディのバンドのメンバーだったり、メディアや大企業に属さない人たちだったりという、無名にちかい人々の団体が、ほとんど資金もなく、スポンサーも持たず、手弁当で手作りでイベントやメディアの運営を成し遂げる。しかしそれを愉しみにたくさんの人が来る、やがて話題になってビジネスにもなる、そういう「DIYの夢」、夢というのが失礼ならばサクセスストーリーの入り口のところに、この企画はある。しかもアイデアと遊びに満ちた、まだだれも仕掛けたことのないような企画、というところが何より大事で、これを商業的にもうかるところまで持っていって、<ボロは着てても心は錦>な人たちでも食っていけるぞ、という成功例を、JJさんは作りたくてサポートしているのだろう(http://limited-ex.jugem.jp/?eid=669)。閉じこめられた知らないひと同士が協同して目標を達成する、というイベントの主旨自体も、DIY精神の暗喩のようではないか。

約80分、知らない人と夢中になって動き回って、頭をつかって、意見交換をした。終わったらぐったりした。脱出は、最後の障害まで行ったけれども、できなかった。ラスト、終了時間を告げるカウントダウンは大変悔しかった!

参加して後から感じたのは、遊びでありながら、ゲーム理論じゃないけれど、実社会の縮図になっていることの面白さ(知らない人との協同作業、実社会の性格がゲームなのにそのまんま出る)と隔靴掻痒感(楽しめない人は楽しめない、のかもという感じ)、あとはこのゲームは遠からず商業的にも大成功するだろうという確信。

ただ、毎回少人数のみの参加だから、これをチケット代だけで利益を出していくことはむずかしい。爆発的な認知を得ることもむずかしい(だいたい、詳細をブログに書けないというのがまさに隔靴掻痒)。なので派生的な展開が必須だろう。スペースシャワーTVでは、ミュージシャンが参加して脱出を試みるという特番をやるようだ。

http://natalie.mu/news/show/id/26066

有名人に体験させてそれを放送、というのは面白い。しかしこの方法では、民放が乗っかって芸能人が参加する特番にまで行かないと、まとまったお金は取れない。イベントの宣伝にしかならない。簡単に思いつくのは、このイベントの教育的効果を考えて、国から助成を得るということだろう。教室単位で実施できるタネ本を出版して授業に組み入れてもらうとか、あるいは学校単位で巡業してまわるとかは、どうか。

しかしロマンには欠ける感じがある。それなら既成のメディアや団体にたよらず、twitterで盛り上げて動画配信で広告や課金制でお金を取るのか。しかしこっちは、言ってるそばから夢物語のような感じがする...

たぶんこういう試行錯誤をイベントの裏で加藤氏やスタッフ、そしてJJさんは毎日必死でやっているのだろう(JJさんのブログを読むのは、だから面白い http://limited-ex.jugem.jp/?eid=678)。歴史を動かすのはそういう人たちの知恵熱と汗だ。自分はそこに参画できないが、現場の熱気に大いに心を動かされた。もらったチラシによれば<次回!!!!!!/ゴールデンウィーク/ぶち抜き開催決定!!/atお台場東京カルチャーカルチャー>とのこと。悩みながら走りつづけることが、きっと大事なのだ!