ぼくたちの好きな冒頭14 J・G・バラード『ヴァーミリオン・サンズ』

 一夏のあいだ、雲の彫刻師たちはヴァーミリオン・サンズからやってくると、ラグーン・ウエストへのハイウェイの横にならび立つ白いパゴダにも似た珊瑚塔の上を、彩られたグライダーで飛びまわった。中でもっとも高い塔がコーラルDであり、ここには砂礁脈からの上昇気流に乗って、白鳥の群れを思わせる晴天の積雲がうかんでいる。わたしたちはコーラルDの頂を下に見て、空気の両肩に支えられながら、海馬(たつのおとしご)や一角獣を、大統領や映画スターの肖像を、また蜥蜴や異国風な鳥を、雲に刻むのだった。観客が車の中からそれを見物するうち、砂漠の空を渡って太陽のほうへ流れていく雲の彫刻から、涙の雫のように、つめたい雨が埃をかぶった車の屋根に降りかかるのだった。
J・G・バラード 浅倉久志訳「コーラルDの雲彫刻師」『ヴァーミリオン・サンズ』1980年、早川書房


この短編自体は悲劇的な終結をみるが、ゆうゆうとラグーンウエストの空に舞い上がり、雲を刻んでいたころのコーラルDの雲彫刻師たちのたたずまいは、なぜかASPARAGUSとかBREAKfAST、レシーバーズ・ポンポンヘッドといったすぐれたライブバンドたちを自分に想起させるのだった。彼らは、売れる売れないは二の次で、友達と楽しむことをまず第一に置き、自主的にマイペースに活動をつづけている。それだけで食っていけたほうがいいにはいいが、食っていけなくても好きだからやっている、まあかまわないという、諦めと飄々が交じり合った態度で、たくさんのバンドが今日も、忘れがたいパーティで熱い演奏をつづける。