ぼく(たち)の好きな冒頭 1

神保町交差点の廣文館書店http://www.book-kanda.or.jp/town/newbook/2010/2010-01.htm)で『新潮』9月号を買う。柳美里筒井康隆平野啓一郎といった有名どころの新作に並んで、佐川光晴の「青いけむり」が掲載されており、佐川氏のエッセンスが詰まった魅力的な書き出しを立ち読みすると、そのままレジに持っていった。

 昨年の秋、わたしの家にさる雑誌の編集者から電話が掛かって来た。ただし、原稿の依頼ではない。初めにそのことを断ると、彼はわたしのこの先、年末に向けての予定を訊き、もし都合がつくなら一度自分と一緒に秩父の炭焼き小屋に行ってくれないかと言った。あまりにとつぜんの申し出におどろき、わたしは相手の名前をたしかめた。なにしろ彼との関係は、一年前にさる文学賞のパーティーで声を掛けられただけであるし、その後一緒に仕事をしたわけでもなく、顔付きすら正確にはおぼえていなかったからだ。