ぼくたちの好きな冒頭10

レムの『ソラリス』新訳版(国書刊行会)を読み終えたらしぜんと軽いものが欲しくなって、書棚で寝ていたデイヴィッド・ロッジの『小さな世界 アカデミック・ロマンス』を開いたら、どうも直接の関連はないまでも、大学ものということで『交換教授』の精神的続編であるらしいということが判ったので、何軒か本屋を廻って(わりと品薄)結局ブックファーストで『交換教授』上下(白水uブックス)を買ってきたのでここに冒頭を抜き書きする。

 一九六九年の元旦のこと、北極のはるか上空で、英文学の二人の教授が互いに接近しつつあった。速度は、双方合わせて毎時千二百マイルである。彼らは、稀薄で冷たい空気からは二機のボーイング707の気密室によって、また、衝突の危険からは国際協定で慎重に決められた航空路によって守られていた。彼らは顔を合わせたことはなかったけれども、相手の名前だけは知っていた。そう、彼らはこれからの半年間、ポストを交換しようとしていたのである。
(高儀進訳)