ヘンな文章が好きだ9 昆虫食研究家・内山昭一氏が放つポエジー


あれ、なんかおかしいな。以下に紹介する異色のレシピ本・内山昭一『楽しい昆虫料理』(2008、ビジネス社)は、先日ryuto taonの宅にあそびに行ったとき(id:breaststroking:20090504#p1)に借りてきたもので、手に取ったときは、カマキリの南蛮漬けだの、ハチのサナギの湯通しだの、タガメそうめんなどが、ぼくたちは料理です、といったたたずまいで、上品な食器の上に乗っている、グロテスクなカラー写真の連続(とびら8ページ。長い!)に大いにギョエッとなったものだ。家で読み返しても、おおむねその気持ちに変化はないのだが、当初の衝撃や違和感はうすれたというか、なにか普通になってしまっているな。昆虫食恐るべしということか。

著者は長野生まれで、そっちではカイコのさなぎを食うなどして昆虫食カルチャーとは幼いころから接していた。昆虫はたんぱく質や炭水化物、ミネラルなどが豊富なので(このあたりもコラムでくわしく解説されている)、魚が獲れない内陸部とかは、むかしから昆虫食が根付いていたそう(反対に、本書で引かれている野村健一「食用昆虫の利用状況」『文化と昆虫』1946、日本出版社によれば、中国地方、四国はあまり虫は食べられてこなかったようだ)。たとえば、お米ではたんぱく質が取れないので、水田で稲作をするかたわら、害虫として湧いてくるイナゴを捕獲して食べたり、かんたんで高い栄養補給ができる食材として、日本では昆虫食は高度成長期あたりまではわりと普通に根付いていたそうだ。

だが内山氏個人は、物心ついてからは虫と離れる。が、多摩動物公園でひかかれた昆虫食のイベントに1998年に参加し、以後本格的に昆虫食に傾倒する。昆虫料理研究会の代表として、昆虫食の啓蒙につとめ、昆虫食イベントを定期的に阿佐ヶ谷のよるのひるねでも開催している。略歴の「食品衛生責任者」というのがほんにんはいたって真面目なのだろうけれど可笑しい。氏が挙げる昆虫食のメリットとは、<人間の食料と競合しないこと><省スペース飼育であること><優良な健康食品であること>というもの。最初のやつは餌が生ごみとかで済み、家畜とはちがうという意味。またつぎのようなことばも面白い。

 ところで、食料としての魅力に加え、昆虫料理の楽しさは、取って調理して食べるという一連のプロセスを体験できることにもあります。生命維持に欠かせない食物に能動的に関わることで、本能的な充足感を得られるからです。こうした充足感は現代人にはなかなか得難いものです。人間には動く物を捕らえようとする衝動があり、日常ではそうした行為は抑圧されています。昆虫採集は人間の本能をつかさどる脳幹=《爬虫類脳》を抑圧から解放してくれるともいえるのではないでしょか。


あ、なんか真面目になってきちゃった。そもそもおれがこの本を借りてきたのは、食の不安や敬虔な宗教心のめざめからといったまっすぐな動機からではなく、昆虫食を紹介する氏の文体からみなぎる、ふしぎなポエジーに取り付かれたからだ。内山氏はふざけている訳では全くないのだろうが、レシピの紹介や、料理のおすすめの季節、シチュエーションなどを、ふしぎとチャーミングでユーモラスな文章で書く。誠実に淡々と書いているのに、そういうものが文から吹きこぼれてしまっている。さらにそうした文章は、すぐよこに添えられた、セミやガの幼虫などのグロテスクな虫が、顔や全身を料理のなかにまぎらせて(中にはまったくまぎれていないものもある)晒している写真といっぺんに視界に入ると、なんともおかしい。だから氏の意図を超えて、詩集のようなすがすがしい笑いと感動を、おれはこの調理本から感得したのである(以下引用は、読みやすいように引用者が、●や「材料:」という記述をおぎなった)。

●バグミックスカナッペ4種


材料:ツムギアリ、スズメバチ、カマキリ、タイワンタガメ、サクサン、セミ、バッタ、オオゴキブリ、ジョロウグモ


これはホームパーティなどにぜったいおすすめ。いろんな虫をふんだんにトッピングしたにぎやかなカナッペ。あっと驚くみんなの顔が思い浮かび、作るときからウキウキ楽しい料理です。


●タイワンツチイナゴの生春巻き


材料:タイワンツチイナゴ


ベトナムといえば生春巻き。透けて見えるタイワンツチイナゴがかわいいですね。ワイルドにバリバリいただきましょう。


●ムシクッキー


材料:イナゴ、カイコ、サクサン、タイワンタガメ


クラス会などおおぜい集まる時などに便利です。簡単に作れてだれもが食べやすく、話題作りにもってこいです。


●ハチの子と白マダゴキの雑煮


材料:スズメバチマダガスカルゴキブリ(脱皮直後の白い幼虫)


ひと味違ったお雑煮はいかがでしょうか。スズメバチの旨味に加え、脱皮直後の白いマダゴキを添えてみました。これを食べると、お正月の晴れやかな気分とともに、なにか新しいことに挑戦してみたくなること請け合いです。


ああおれもなにか新しいことに挑戦してみよう。内山氏のサイトは以下。

http://www.bekkoame.ne.jp/~s-uchi/musikui/musikui.html


楽しい昆虫料理
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ビジネス社
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