先月、早川への版権移動で(氏の手になる)創元版がいずれ読めなくなるという話(追記:ここは思いちがいで、そこまでは書いてありませんでした)を訳者の山形浩生のウェブ(http://cruel.org/other/rumors.html 2005年11月)で読んで、慌ててディックの『暗闇のスキャナー』(創元SF)を買って読んだら、ジョイ・ディヴィジョンとベーコンの絵画に似た匂いのする暗く破滅的な世界に完全に参ってしまった。大きな声で言いたくないが、ディックは『電気羊』くらいしか読んでおらずきっかけを掴み損なっていた。今回、遅きに失したきらいはあるが大いにハマり、しかしおれは激しく傾倒する作家が現れると読み漁る前にまず買い漁り、それらが積み上がり山を成す頃におもむろに手を着けるので、今回も多分に漏れず『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』『P.K.ディックリポート』など、手に入る文庫を新刊書店、古書店問わず探し集めている。早川、創元で思った以上にたくさん出ているのを知るとともに、山形氏の解説に登場する『死の迷路』(これも氏が翻訳を手掛けている)、『ザップ・ガン』など、思いの外、手に入らないものが多いのを知った。

ところで山形氏は本作を<学生時代最後の翻訳>と解説で呼んでいるが、この文章、その後の山形氏が著したたくさんの解説と、スタイルも明晰さも全く変わらないのが面白い。『暗闇のスキャナー』を、<SFに依存するのをやめ、神学に依存するようになるまでの短い期間、ディックが自立していたわずかな期間>に生まれた傑作と論ずる文章が、本編に負けないくらい美しい。

そういう訳で、ちょっとSFづいている。なんか話題になってるし読んでみるかと田舎根性を発揮して、シオドア・スタージョンの『人間以上』(矢野徹訳、ハヤカワSF文庫)を読んだ。表紙イラストは緒方剛志で、ライトノベル界の活況がSFを引っ張り上げているという、ちょうどさっき立ち読みした、『池袋ウォーカー』での池袋書店員鼎談で出ていた話をそのままに表しているようなカップリングである(指摘の当否は別として)。

面白い。他に似たものを探そうとしても、見つからない。そこが新鮮だ。水鏡子氏の解説にもこんな文章があり、うなずける。

 ところで、シオドア・スタージョンはよくわからない作家だ。話そのものはよくわかる。文体が凝っているということでもない。結局、なんでこんな話ができあがるんだろう、という点がわからないのだ。何年もSFを読んでくれば、どんなに突っ拍子もないアイデアでもそう驚かなくなるものだ。というより、発想の根幹から小説として料理されるまでの内的プロセスというものに対して、ある種の納得をえることができるのが普通である。
 それができないのだ。……