ぼくたちの好きな冒頭12/ 大衆決断の切り抜き帖2 未知の共感覚論のためのスクラップ

 赤ん坊の揺り籃は深淵の上で揺れているのだ。だれもが知っているように、私たちの一生は二つの無限の闇の境を走っている一条の光線にすぎない。ただ、二つの闇はまったく同じものだが、私たちは(毎時およそ四千五百回の鼓動数で)いまめざしている闇よりも誕生前の闇の方が安心して眺められるらしいのである。

ウラジーミル・ナボコフ著 大津栄一郎訳『ナボコフ自伝―記憶よ、語れ』(晶文社

 この数字の羅列(かちゃくちゃ注:どこまでも続く円周率の連なり)を見ると、ぼくの頭のなかにはさまざまな色と形と質感があふれ、それがひとつに合わさって風景をつくりだす。ぼくにはとても美しい風景だ。子どものころ、頭のなかで数字でできた風景を探索しながら何時間も過ごしていたときを思い出す。それぞれの十桁の数字を思い出すだけで違った形や質感が頭のなかに浮かんできて、そこから数字を読みとることができる。

ダニエル・タメット著 古屋美登里訳『ぼくには数字が風景に見える』(講談社