ケッ、今日もゲーセン寄ってゼータやってきたら、あっという間に千円スッちまった。こっちは「回避」なんだから、CPUを格闘モードにしてくるなっての。ギャプラン一筋のおれ、どうもゼータDXの新しいモビルスーツどもの手玉に取られてる。かと思ったらガブスレイにも潰されてる。別に依怙地になってギャプラン使ってる訳じゃねえよ、パラスアテネバイアランにも興味はある。しかしおれはもう、頭打ちなんだよ。こんな生き方しか、できねえんだよ。

そういや大石さん、なんだかえらい人気じゃねえか、ちっとも知らなかったよ。栗原裕一郎氏のサイト(id:ykurihara)で見つけたこの記録(http://hobby.2log.net/loose/archives/blog286.html)はとってもスリリングだ。

後だしジャンケンでほんと見っともないが、大石さんのメールについて書いた前々回の日記(http://d.hatena.ne.jp/breaststroking/20040905)、不満が残るやっつけ日記で、後からむかむかして仕方がなかったので書き換えた。はてなの重力に負けてンなァ、おれ。

まがじなりあ・あちらこちら 4

ぴあ見てもスパ見てもポール・ウェラーの取材記事を手掛けているのは増井修なのな。おれこの人嫌いじゃないしだいぶ前には単行本も読んだことあるのだが、JTが出している『分』(http://www.jtcs.co.jp/communi/bu.html)の記事までやってるのを見ると唖然とした。大物ハリウッドスターが来日した時に、15分くらいの間隔でホテルの部屋かなにかで複数のメディアがドドドドッとインタビューすること、よくあるでしょ。自分はあの慣習、良いとはおもわねえけど、逆にすべてのインタビューを一人の人間がやっちまうのも、単視眼的というのか、どうかと思うよ。そのインタビューが良いとか悪いとかの前に、読んでて飽きてくるからな。あと増井さんの文章で、ウェラーの肉声の部分、同じことばでも雑誌によって微妙に異なった意味に訳し分けられていて、どれがいちばん近いのかなあと疑問になってくる。

日曜日の朝刊、おれんちは朝日新聞だが、一面下のスペースに筑摩書房が広告を出していて、そこに載っていた本がちくま文庫の『定本 畸人研究Z』→amazonただ一冊だったのでアレっと思った。本のクォリティが大々的な広告に見合わないという意味ではもちろんなくて、なぜこの本が一冊だけデンと出ているわけ?という疑問だったんだ。その広告はいかにも不自然であったが、日常を生きる人間の意識というのはいつも清澄というものではなく、おれなんか特に混濁していて落ち着いて立ち止まれば見逃せないものでも、なんとなくそれはそれとして受け流してしまうものなんだな。

とにかく一旦、その不思議さはおれの中を通り過ぎていった。しかし今日新刊の文庫を愉しみに見て回ったら様子が変なんだ、ちくま文庫の新刊に、先月か先々月に出たはずの究学会『定本 畸人研究Z』がふたたび「今月の新刊」としてラインナップされ、店頭に並んでいるのだ。腰巻を見たらちゃんと今月の新刊の中に入っている。つまり『野坂昭如エッセイ・コレクション3 ポルノグラファー』→amazonとかあとこれは学芸文庫だけど、大塚英志江藤淳と少女フェミニズム的戦後 ―サブカルチャー文学論序章』→amazon。あとこんなのも出るみたいよ)とかと一緒に、書名が載っている。これは不思議だなあと思ったよ。奥付にはなんもなかった。それどころか、2004年6月某日の初版発行に、ちゃんとなっていた。ますます怪訝に思って腰巻を見直したら、書名の横に、<再配本となりました>と出ている。<となりました>とあっけらかんと言われてもな。

これはなんなんだろ、おれこの疑問、持ち越したくないよ。こういうことに詳しそうなヤスーさんのサイト(id:yasulog)にも書いてないし学会のサイト(http://www.digipad.com/digi/kijin/index2.htm)は長いこと更新が止まってる。版元のサイト(http://www.chikumashobo.co.jp/top.html)にはもちろんなんもない。おれ明日問い合わせて見ようかな、なんかあったのかな、人権問題とか。尤も中身は6月に出た時のものと、なんら変わっていない。だからおれ思ったんだけど、怪しいのは帯じゃねえか。6月に出たやつの帯になんかあったんじゃねえの陰謀史観気味?)。おれそのうち買えば良いやと思って、6月に買ってなかった。真相は藪の中。次回につづく、かもな。

ちなみにその朝日新聞、Mさんが教えてくれて慌てて今日めくってみたら、亀和田武が『sabra』について、いいこと書いてンじゃねえか金井美恵子も自作再訪してるしよ)。二段落だけ引かせてちょう。

 小学館といえば、……、忘れてならないのは「GORO」「写楽」からつづくグラビア誌の系譜だ。……「サブラ」に流れる小学館の貴重な水脈は絶やさないでほしいと、これは切に願う。

 可愛い女の子をキレイに撮る。これがグラビア誌の原点だ。岩佐真悠子をテレビで見て、改めて気づいた。「サブラ」ではキュートな水着姿のイワマユが、テレビだと、どことなくスレて、貧相にさえ見えた。「サブラ」で見る彼女たちが一番可愛い。「サブラ」は原点回帰の雑誌なのだ。


亀和田武さん(作家)のマガジンウォッチ」『朝日新聞』9月12日朝刊


亀和田さんにもエロ本編集者として原点回帰してほしいナ、なんつって!!!

週刊ヤングサンデー』買う。平田裕香http://www.nigun-niiba.co.jp/yuka/)のグラビア、なんか久しぶり。思えば平田とも細く長いお付き合いだ。ムックも買ってるしそんな細くはねえけど。

平田裕香のグラビアの良さをなにかに例えるならどんなだろうね。日向ぼっこしてる感じかな。それとも…そうさな、爛れた真夏の昼下がり、砂浜にだらしなく寝ころんで、半分居眠りしながらとろろ蕎麦を食べている感じかしら。口の端っこから汚らしい感じでみょろんと糸が引いていて、砂つぶに垂れ下がっている、やがてとろろの糸を伝って涎が垂れてきて、それが光を反射している、そんな感じかしら。もちろん手は使わねえで、犬食いでね。そんな安心感と退嬰した感じが共同歩調で進んでいく時間の流れが、平田のグラビアにはある。

これはどういうことでしょうか。思うに、昨今のグラビアは見るものに緊張感を強いるものでありすぎた。インリン松金洋子小倉優子、着エロ勢、もしくは森下千里なんかでもいいや。みんな奇を衒いすぎ。変化球を投げすぎ。撮る方もアタマ使いすぎ。

そんな中で平田裕香の突出したフツーさはなんなんだ。絶滅品種じゃねえか。コスプレもしない、際どいショットもない、キャラも普通だ、テレビにも出てこねえ、レースクイーン的なスタイルの良さやある種のキツさもない。カメラ構えて写真撮る方も構えたところがない。「なんかこの被写体使って新しいことやってやろ」的な新潮社の『月刊○○』シリーズや『SPA!』のグラビアみたいな毒電波も伝わってこない。この牧歌的な、ただ胸が少々でか過ぎで表情の柔らかい女の子が、水着を着てありきたりなポーズをとっているというだけの普通さ。これはもしや、ある種の胎内回帰ではないか。平田裕香はおれらグラビア読みが回帰すべきグレートマザーなのだ。って見事にやっつけてる結論のいい加減さに呆れるよ。時間がない、本家の更新作業に移るか。